地方銀行は本店のある都道府県を中心として営業基盤を持つ銀行であり、その大半は中小規模の銀行で、その融資先には、地元の中小企業が多く、総貸し出しの八〇%程度が資本金一億円以下の企業に対するものである。預金の七〇%近くが個人預金で、その八六%が定期預金である。そして、第二地方銀行。第二地方銀行は従来、相互銀行と呼ばれていたものであり、一九八九年から普通銀行に転換した。これらの銀行は地方銀行協会(地銀協)とは別に、第二地方銀行協会を作っており、その協会の加盟銀行を第二地方銀行協会加盟銀行(第二地銀)と呼んでいる。第二地銀の業務は他の普通銀行と変わらず、経営規模の小さな地方銀行という性格が強いのが特徴だ。
日本が外国に資本を貸すと、資本収支では外国への貨幣の支払いになり、これを日本からの資本の流出とか資本の輸出という。この場合、日本は外国に対して債権を保有することになるので、対外債権が増加したという。対外債権は日本にとって資産であるので、対外債権の増加は資産の増加に他ならない。他方、外国から資本を借りると、外国から貨幣を受け取ることになるので、これを資本の流入または資本の輸入という。この場合には、日本は対外債務を負うことになる。これは日本にとって負債の増加である。資本収支とは資本の受け取り(流入)から資本の支払い(流出)を差し引いたものをいい、流入が流出を超えれば資本収支は黒字になり、逆に、流出が流入より大きくなれば資本収支は赤字になる。ところで、日本が外国に貸した資本の元本が返済されると、いったん流出した資本が流入してくるので、資本収支では受け取りになる。この場合、対外債権は減少する。対外債権の減少は資本収支では受け取りとなり、黒字要因である。他方、日本が外国から借りていた資本の元本を返済する場合には、資本の流出となり、対外債務が減少する。このように対外債務の減少は、資本収支の赤字要因になる。
1973年の変動相場制への移行以来、固定相場制、もしくはそれに準じたシステムを構築しようとする試みが何度かありました。というのも、変動相場制の下で為替調整により国際収支の不均衡が自動的に調整されると期待されていたのですが、実際は投機的な思惑などで為替相場が期待通りには動かないということが経験的にわかってきたからです。そこで、国際収支の不均衡是正は、為替調整でなく各国間の政策調整の木曜日とブラックマンデー1987年10月19日に起きた株価暴落(ブラックマンデー)は、世界恐慌の発端となった1929年10月24日の「暗黒の木曜日」を上回る史上最大の下げを記録しました。ただ、大恐慌のときはほとんどの株が紙くず同然となったのに比べ、ブラックマンデーは、下げ幅は最大たったものの、価格はゼロにはならず、その後徐々に持ち直してきたため、実体経済への影響は少なくてすみました。これは、大恐慌の教訓を生かして世界の主要先進国がG5などといった世界的な経済政策の協調メカニズムを整え、その成果が市場に反映されているためで解決すべきだとの判断から誕生したのが、欧州通貨制度。